“旦那デスノート”とかいう地獄と、現代の結婚の価値観について

先日のツイート。

「旦那デスノート」という掲示板サイトをご存知だろうか。
旦那への死を願う書き込みが寄せられたサイトである。

少しだけ読んでみたのだが…
まさに「現代の地獄」であった。
(かなり不快な気分になるので、ここにはリンクは載せない。興味がある人は自分でアクセスしてみてほしい。おすすめはしない。)

自分が選んだパートナーに対して「死ね」などという言葉を使える感覚が、私には1%も理解できない。

そして私のようにこれらの書き込みに批判的な意見を持つ立場の人間の共通の疑問が、
何で離婚しないの?
ということである。

本記事はここに関する考察である。



まずこの質問をする人の前提として誤っているのが、彼女らは「離婚できない」ということだ。
そもそも離婚という選択肢を取れないから、泣く泣くストレス発散のためにこの地獄に書き込みをしているというわけだ。
離婚ができるのであればこんなところに書き込む必要はなく、離婚してその次の日からまた幸せになる努力をすればいいだけだから。


では、なぜ離婚ができないか。
それは一概には言えないが、多くの場合が「金」だと思う
自分に稼ぐ能力がなく、離婚してしまうと金銭的な当てがないので離婚できない。ということだろう。
もちろん客観的データはないのでいくらでも反論の余地はあるだろうが、いろいろ思考した中でこの説明が一番納得がいく。

これも推測に過ぎないが、恐らく結婚や出産のタイミングで仕事を辞め、それ以降専業主婦であったりパートタイムでしか働いておらず、収入は大嫌いな旦那に頼りきり。という状態なのだと思う。

私の考察を簡単にまとめると以上だが、ここからはさらに踏み込んで、では彼女たちはどうするべきだったのか、自分が彼女らのようにならないようにするにはどうすればよいのか、ということについて考えてみようと思う。


まず今の自分というのは、全て過去の自分によって形成されている
もっというと、過去の自分の選択によって形成されている。

仕事で悩んでいる人。
その仕事を選んだのは自分である。
その会社で働くということを選んだのは自分である。
サラリーマンとして働くということを選んだのは自分である。

人間関係で悩んでいる人。
そのコミュニティを選んだのは自分である。
そういった人が自分の周りにいるのは、自分がそういう生き方をしてきたからである。
そういった人間関係を断つという選択をとっていないのも自分である。

そしてパートナーへの不満を抱えている人。
その相手を選んだのは自分である。
その相手しか選べなかったのも自分である。
離婚する可能性を考慮してキャリアを形成してこなかったのも自分である。
幸せに生きるために、努力して離婚という選択肢を取っていないのも自分である。

VUCAの時代と言われ、自分や世の中の未来など誰にも予想できない。
結婚しても1/3は離婚するというデータもあるぐらいだ。

女性側としてはいつでも一人で生きていけるスキルを身につけておくことが重要だろう
そもそも結婚=幸せ、離婚=不幸という考え方が完全に間違っている。
夫婦の関係が悪いのであれば、離婚という選択肢を取れた方がお互いにとって幸せである。
問題はそうなったときに自分の力で自分の人生を決めていく力があるかどうかだ

そして男性側。
間違っても「彼女を働かせずに食わせてあげたい。」などと考えないことだ。
働かないということはその人のキャリアを奪い、一人で生きていく力を奪うということだ。
「相手に離婚を切り出されたくない」という考え方もあるかもしれない。
これは前述の通り、離婚=不幸という誤った考え方に基づいている。
関係性が悪化して一緒にいることが苦痛なのであれば、離婚した方がお互いにとってよいことなのだ。
むしろその状態でも離婚できないという状態の方が不幸ではないだろうか。

本当にお互いの幸せを考えるのであれば、どちらかがどちらかに依存してしまっている状態は健全とはいえない。
それぞれが自立して一人で生きていくこともできる。でも一緒にいた方が楽しいから一緒に過ごす。
これが現代の結婚生活のあり方ではないだろうか。



…おっと、誰か来たようだ。



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この記事を書いた人

都内のIT企業に勤める20代の平凡なサラリーマン。
節約・貯金が得意。
映画、読書、サウナが好き。
たまに有益な情報を書きます。

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